油断大敵・坂本龍馬

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坂本龍馬を暗殺したのは誰か、
今でもいろんな説がありますね。
今回「英雄たちの選択」では
なぜ龍馬が近江屋を選んだかを探っています。
日本の夜明け

幕末京都

犬猿の仲だった薩摩藩、長州藩を引き合わせ、
「薩長同盟」を締結させたのが
土佐藩の坂本龍馬と中岡慎太郎です。

薩長同盟締結の直後、
坂本龍馬は定宿の寺田屋を襲撃されます。

倒幕勢力をとりもった龍馬は幕府のお尋ね者になったのです。
大政奉還を推し進めたのは、
土佐藩の後藤象二郎、坂本龍馬です。
内戦を避け、日本をまとめるためですね。

スムーズに運んだ大政奉還ですが、会津藩は激怒します。
会津藩は本当にまっすぐに
徳川将軍様に仕えていますからね。
長州や薩摩のように
「徳川を排した新しい体制」など認められません。

龍馬の立場

大久保や西郷は京を離れたのに、
なぜ龍馬が京に居続けたかというと
それは商売のためだろうということです。

海援隊を率いていた龍馬にとって情報は大事です。
情報が集まる京都を離れることは商売の上でも難しく
また仲介者として人脈を広げるのにも
京都を離れることはできませんでした。

そんな状況でどこに潜伏するべきでしょうか。
寺田屋は前回襲われた事件があったので難しいですね。

もう一つの定宿、酢屋は
幕府に目をつけられた可能性が高いです。

土佐藩邸はセキュリティは高いけれど、出入りが不自由です。
門限が夕方なんですね。
龍馬のように自由に人と会う
必要がある人にとっては動きにくいでしょうか。

近江屋は土佐藩邸から目と鼻の先という場所です。
襲撃された場合でもすぐ近くの藩邸に
逃げ込めば命は助かると考えたと思います。


英雄の選択

セキュリティの高い土佐藩邸に留まるのか、別宿に留まるのか
坂本龍馬はどちらを選択するでしょうか。

①土佐藩邸
②近江屋
・大石学(歴史学者)②
 自分の判断で動きたい
・宮崎哲弥(評論家)①
 なんとか裏口から出て密談すればいい
・宮嶋茂樹(報道カメラマン)①
 安全性と予算的にも藩邸
 

龍馬の決断

坂本龍馬は②を選択しました。
周囲は心配していたようですが
龍馬は、幕府高官の永井尚志に会って
危険がないことを伝えられていたようです。

結局は近江屋で暗殺されてしまった龍馬ですが、
永井と龍馬は新政府の人選についても
頻繁に語り合っていたと云われています。

それは永井の屋敷を龍馬が
頻繁に訪れていたことが記されていることからも分かります。
この永井の屋敷のすぐ隣に見廻り組が詰めていたのでした。

そんなところに頻繁に昼間出入りするなんて
龍馬は危機管理がなってないですね。
実行犯は見廻り組で、
黒幕は会津藩であろうという予想となりました。

ただ龍馬が死んで誰が得をするのか
という話になると、誰も得はしないというのです。

それを聞くとやはりもったいない人だったと思います。

この暗殺は見廻り組の公務なのか、
私怨なのかという話にもなりましたが、
公務であれば名乗って捕縛になるので、私怨になるのでしょうか。

そうであれば暗殺犯が名乗り出なかったのも納得です。
坂本龍馬は自分が襲われると思っていなかった、

襲われたとしても自分は助かるという
思い込みがあったのではないかと語ってます。
戦場カメラマンも
自分にだけは弾が当たらないと思っているといいます。
楽観的、といいますか。

でも人間は基本的には楽観的なのかもしれません。
毎日「今日死ぬかも」と思って
生きている人っていないですよね。

それにしても、「鳥羽伏見の戦い」の前に
新政府の体制を考えていた
坂本龍馬はずいぶん先を見ていたのですね。
龍馬が生きていたら
どんな明治を迎えていたのか興味があります。


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