【英雄たちの選択】宋義智

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宋義智は、知らない人でしたが対馬の大名です。
朝鮮通信使のきっかけになった人のようです。

朝鮮と対馬

対馬と朝鮮は距離的にも近く、対馬の豪族をまとめた宋氏に対して
朝鮮は独占的に宋氏へ船を出すことを認め、うまく交易を続けてきました。
そこへ天下統一した豊臣秀吉が、「朝鮮が秀吉に従うよう使節を送らなければ攻める」と
義智に朝鮮との仲介を命じます。
義智は、苦肉の策として朝鮮に渡り、秀吉の天下統一を祝う為の使節を送るよう朝鮮国王に求めます。
とにかく使節団を秀吉に会わせようとしたんです。
朝鮮国王の印鑑まで偽造して文書を作ったりもしてます。
天下統一を祝う為に日本へ来た朝鮮の使節団に、秀吉は「明を攻める時は朝鮮も手伝え」と命令しました。
もちろん聞いていた話と違う使節団と秀吉の交渉は決裂し、秀吉は朝鮮に攻め入ることになります。

朝鮮と秀吉 文禄の役・慶長の役

義智は朝鮮に詳しいので日本軍として朝鮮へ出兵しますが、
明の援軍と朝鮮の連合軍に日本軍はなすすべなく、撤退します。
義智たちは明との講和を探る中、明の要求は秀吉が謝るなら許すと条件を出します。
小西行長が持ってきた文書には秀吉が降伏を示す言葉が書かれており、休戦となります。
この時の偽造文書は、秀吉の書いたものではなく義智が作ったものではないかと
云われています。印鑑も作るくらいですから、できそうですね。
小西行長は義智の妻の父なので、二人で画策したということはあり得そうです。
この後、明から使節がやってきて秀吉に「明は秀吉を日本の国王と認める」と言い渡します。
朝鮮国王も「明から認めてもらって国王になって」います。
つまり明に従うという服従関係を日本に求めたことになります。
これに怒った秀吉が再度朝鮮へ攻め入ります。
この時も義智が先鋒です。秀吉は、朝鮮に攻め入り皆殺しにせよと命じます。
秀吉が死んでようやく対馬へ戻った義智ですが、戦で人はいなくなり田畑も漁村も荒れ放題の状態でした。


朝鮮と家康

秀吉の次に天下統一した家康は、朝鮮との通商を復活させるべく
三成に味方した義智に対馬をそのまま任せます。
義智は朝鮮に使者を送り続けますが、使者は戻ってきません。
完全に拒否していた朝鮮もようやく、松雲大師を送り家康に合わせます。
家康は、戦には出ていないし、朝鮮に恨みはなくただ通商したいと話しています。
義智もやっと朝鮮と貿易が復活すると思えたでしょう。
しかし朝鮮は、家康に文禄の役・慶長の役の謝罪を求めます。
やはりちょっと家康を信頼できないのでしょうか。

英雄の選択

義智はどちらを選択するのでしょうか。
①家康に謝罪国書を頼む
②家康の謝罪国書を偽造する
・仲尾宏(歴史学者)②
 家康は謝罪国書を書かないという確信が義智にはあった
・山田吉彦(経済学者)②
 今まで通りのやり方を通す
・中野信子(脳科学者)②
 海の民は安定的な環境にいないから目先の利益をとる
 
今回は①の人いませんでした。

義智の決断

義智は②を選択し、朝鮮へ国書を送りました。
朝鮮はこれを偽造文書と知ったようですが、日本に連れ去られた朝鮮人の返還の為
和平を優先し、使節を送ります。
ようやく日朝国交が回復したのです。
対馬も貿易を復活させ、元の姿を取り戻します。
磯田さんは「正しい」とか「事実」ではなく外交の目的は「双方の実利的な幸せの実現」だと言います。
最後まで踏み込まないで幸せを実現するというのも外交の一つといえそうです。
国書が本物か偽造かではなく、体裁を整えて幸せを求める方を取った宋義智と朝鮮国王は
何を一番の幸せとするかが同じだったのかもしれません。
それは、秀吉によってねじれてしまった今までの通商関係を復活させることだったのでしょうか。


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