【英雄たちの選択】薩摩藩の底力

リンクユニット

今回スペシャルですが、再放送でした。
大河が「西郷どん」だからですかね。

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薩摩藩出身の人

薩摩藩が明治維新に力を発揮したことは有名なことです。

薩摩藩には西郷隆盛のほかに大久保利通、小松帯刀、島津斉彬、五代友厚、東郷平八郎も薩摩なんですね。

時代を変えるのは「よそ者・若者・馬鹿者」と云うそうです。

ばかにならないと大変革などできないということですね。今の日本に馬鹿者いるでしょうか。

薩摩の名君 島津斉彬

斉彬の容姿は色が黒く背も高く頑丈な体格で声も大きい、がっちりした人だったようです。

人柄は穏やかで頭脳明晰な人物として有名です。
斉彬はアヘン戦争で強大な清がイギリスに負けたことに脅威を感じます。

そこで鉄製の大砲を作るべく乗り出します。
鉄は青銅よりも高い温度で溶かさないといけません。

斉彬は鉄を作るため、反射炉を作るよう家臣達に命じます。
もちろん家臣達は作り始めますが、オランダ語の仕組みの解説だけが頼りです。

はっきり言って無茶ぶりです。まさに手探り状態の試行錯誤です。

他にもジョン万次郎から仕入れた情報で西洋式軍艦も作らせます。
結構な無茶ぶりする上司ですね。

そして日本初の蒸気船も完成させます。
もうバイタリティ半端じゃありませんね。
そうやって無茶ぶりして人を育てるのも上手かったようです。

そして薩摩切子などの産業の育成にも力を入れています。
日本を守るためには富国強兵が必要だと感じていたようです。

西洋の食い物にされないように日本が何をすればいいか見えていた人ですね。

鎖国していた江戸時代から琉球を通じて世界と交易していた薩摩は、
朝鮮から人参を仕入れ、富山の薬売りに売り、代わりに北海道の昆布を仕入れて朝鮮に売るという貿易をしてきています。

斉彬の曾祖父はローマ字まで書ける文化人で、斉彬はその流れを継いでます。
そのような貿易を通して外国を見つめてきたからこそ世界の情勢を知り、日本の危機に気づけたんですね。

島津の退き口のおかげもあるかもしれませんが、
日本の端に位置していたからこそ、徳川のルールから外れることも許されていました。

もっと長生きして欲しかったですね。彼は50歳で亡くなります。



できる男・松木弘安(寺島宗則)

松木弘安は医学だけでなく、蘭学、物理学、天文学などマルチな才能を持っていて、斉彬が頼りにしていた天才男です。

電気通信にも成功し、ガス灯をともしたり実績をいろいろ残しています。
斉彬が亡くなった後も弘安は勉学を続け、ヨーロッパへの使節団に選ばれます。

薩摩藩はスタッフと指揮官は違うとわかっていたといいます。
弘安は1番できる男ですが、スタッフで指揮官ではなかったんですね。

斉彬の跡を継いだ弟の久光は、生麦事件を起こします。
(久光が切ったわけじゃないんですけどね)

久光の行列に近づいたイギリス人の一行を切りつけて一人死んでます。
この事件で、イギリスは幕府と久光に賠償請求と犯人処刑を求めます。

ここで松木弘安と五代友厚の二人が交渉役となりますが
イギリス艦隊に拿捕されてしまい薩英戦争を引き起こします。

もちろんイギリスにはボロ負けです。
薩英戦争の賠償交渉で出てきたのは、重野厚之丞です。
この人も切れ者です。

重野は自分一人の権限で
「賠償金を払うから、軍艦を買いたい。軍艦操縦法を学ぶために若者を留学させたい」と申し出ます。

この「相手の本心を突いて事態を打開する」機転が薩摩イズムなのです。

ここでの本心はイギリスが本当は貿易で生糸を仕入れたいと願っていることです。
イギリス側も驚いたことでしょう。賠償金の話が貿易の話に切り替わってしまったのですから。

そしてここで留学するのが松木弘安達です。
松木は国際貿易についても学び、日本が天皇を頂点として一つにならなければ難しいと考えます。

薩摩の教育

郷中教育が有名ですね。詳しくは知らなかったのですが、
郷中と呼ばれる町内ごとの地域教育のことです。
郷中には二才という年長者が稚児という年少者を教育し鍛えていました。

地域のつながりが強くなったのは当然ですね。
武士の心得を書いたイロハ歌を繰り返し唱えたり、詮議というケーススタディディスカッションがあったりしたようです。

この詮議は、「もし~なら、どうする?」というものについて
意見を出し合うものです。

例えば「目の前に主君の敵と親の敵が現れたら、どちらから成敗するか」というものです。
普段からそんなお題について話し合っていたら、強くて自分で考えられる人間が作り上げられそうですね。

戦略家 西郷隆盛

禁門の変の後、西郷は長州藩のことを本当に細かく偵察するよう指示しています。

例えば長州藩内の人の心は一つにまとまっているか、兵士たちがどれくらい給金をもらっているか、満足な食事が取れているかなどです。
長州と戦をするにはまず情報が必要と考えた訳です。

非常に論理的です。
しかし、幕府の思惑が薩摩と長州をやり合わせて、双方の力を消耗させることと気づき路線を変更します。

長州藩の穏便派を懐柔し、長州藩との戦を避けようと動き出します。
戦を避ける条件として、下関に匿われていた三条実美達、攘夷派の公家の解放もありましたが、奇兵隊たちは引き渡しに応じません。

そこで西郷は直接下関に行き、直談判を行います。
命がけでなんとか長州藩を説得し、第一次長州征伐は終結します。

「西郷は目標のロマンチストで手段のリアリスト」と磯田さんは話してます。

「やれるか、やれないか」ではなく、「すべきか、すべきでないか」で判断してかなり高い目標を設定していて、その為には相当悪辣なこと手段としてできちゃう人だといいます。

そしてそんな西郷がいたから、武力倒幕という道筋になったというのです。
今回はお正月スペシャルの再放送だったので、選択はなかったですが、
内容たっぷりで非常に興味深かったです。
残りは次回また書きます。

個人的には薩摩藩の詮議っておもしろいな、と思いました。
常に考えていたらもうちょっと自分で考える大人になれたかな、なんてない物ねだりでしょうか。


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