【英雄たちの選択】薩摩藩の底力2

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前回書ききれなかった部分です。
幕末の薩摩についてですね。

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第二次長州征伐

西郷は軍事指揮官、大久保は具体的にどのようにやるかを考え
小松は二人を保証する役になります。

小松帯刀は誠実でできる男だったのですが、家柄もよかったので
西郷や大久保をうまく御しながら、薩摩の行く末を模索することになります。

西郷は、島津久光に徳川も一大名になり日本は一つとなって外国と渡り合うべきだと主張しています。
これは島津斉彬の思想ですね。

幕府は長州が軍事力を増強させていると、第二次長州征伐へ向かうことになります。
これに薩摩は出兵拒否し、幕府は長州に惨敗します。

小松帯刀は薩長同盟により、イギリスから大量の輸入した銃を長州へ渡していましたことも原因にあるでしょう。

切れる男・徳川慶喜

相当優秀な人だったみたいですね。「徳川家康の再来」とも云われていたようです。

実際第15代将軍についた慶喜は、幕府の権威を取り戻す為に幕府軍の近代化を進め、イギリスとも関係を強化します。

また外交問題でも兵庫港を開港するなど、外国にも慶喜の名は知れ渡ります。
これに薩摩藩は恐れと焦燥感を抱きます。

そこで平和的交渉による「大政奉還」と強硬手段による「三都同時挙兵計画」を立てます。
慶喜が大政奉還しなければ、武力でいうこと聞かすってやつですね。

この時、薩摩藩が兵学の教官としていたイギリス兵学の専門家、信州上田藩の赤松小三郎が暗殺されます。

赤松は西郷達の武力蜂起計画を知って止めたからです。
しかし西郷達は計画を諦めなかったので赤松は上田に帰ることにします。

斉彬の考える「日本を一つにして外国に対応する体制を作る」のであれば
赤松の言うとおり幕府と薩摩藩は一つとなることが大事です。

この時点で薩摩藩は、徳川を排除することに決めていたのでしょう。
慶喜ができる男だったことも逆に作用してしまいました。

しかし、赤松は幕府に密告しようとしたわけでもないのに暗殺されてしまいます。
薩摩藩を離れた以上、計画を知った者を放っておくわけにいかないと判断されたのでしょう。

本当に目標の為には冷徹に考え実行します。



慶喜の狙いと西郷達の思い

西郷達の思惑を外れて、慶喜は大政奉還を素直に受け入れます。
慶喜は一大名として新体制に加わることを考えていたからです。

そして、そうはさせまいと西郷と大久保は、新体制から慶喜を排除しようと動きます。
これが王政復古のクーデターです。

新体制に慶喜が入ってしまっては、優秀な慶喜が引き続きトップとなってしまいます。
それでは新しい体制とはいえないということです。

この後は鳥羽伏見の戦いから戊辰戦争とつながり、結局日本国内での内乱を起こしてしまうことになります。

当事者意識

結局、斉彬の遺志とは違うことを西郷達が行ったことになります。

西郷や大久保や小松が心酔していた斉彬の遺志と違うことを推し進めたということろに違和感は否めないですが
斉彬の死後から時間も経ち、状況が変わってしまったということでしょうか。

こうして歴史上の人物を見ると「すごいな」と思うわけですが、やはり他人事です。

でも、考えてみたら西郷も大久保も一人の下級武士なんですよね。
それも日本の端の薩摩という国の。

それでも国をなんとかしなければいけないという当事者意識をもって動き、結果を出しました。

斉彬のように「理想のビジョン」を掲げてくれる人がいて、それを無茶だと思わずに
応えようとする西郷や大久保のような人が教育されると、何十年後かにその理想のビジョンができちゃった、叶っちゃったということが起こるんですね。

それにしても幕末ってすごい人がいっぱいいると思ってはしましたが
幕末の薩摩は特に「できる男」がたくさんですね。

これも斉彬の教育の賜物なのでしょうか。
磯田さんは、薩摩がいなかったら今のような日本になっていたか分からないと話していました。

言われてみるとそうですね。
無理矢理にでも徳川を排除して、新しい国を作ってくれた人たち。
彼らのおかげで、今の日本を享受できてます。


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