250年かけて確立した「かくれキリシタン教」

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マリア像

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もう1つのキリスト教・かくれキリシタン

クレージージャーニーはいつも知らなかった世界を見せてくれる番組です。
今回はオカルト研究家の吉田悠軌さんのかくれキリシタン取材旅です。

5月4日に長崎・天草の潜伏キリシタンに世界遺産への登録勧告があったのです。

登録勧告なんて制度があったことも知りませんでしたが、鎖国時代のかくれキリシタンの文化が独特なものだったのかと感銘を受けました。

元々戦国時代に伝来したキリスト教はを織田信長は、宗教には寛容でキリスト教も新しい知識や道具と共に受け入れました。

しかし急激に広がりすぎたキリスト教を秀吉や家康は恐れ、禁止令をひきます。
既にキリスト教徒となった人々は、表面上改宗を余儀なくされました。

そしてキリスト教徒であることがばれると拷問や弾圧の対象になってしまったのです。
そこでかくれてキリスト教を信仰する「かくれキリシタン」になりました。

禁教令は明治になるまで続いたといいます。
その250年間の間で隠すことを教義とする宗教へと変化していったのです。

文書を残してはいけない

明治になって禁教令が解かれたから「わーい、晴れてキリスト教徒!」となったと思った私は浅はかでした。
もともと宗教は疎いんです。

吉田さんは長崎で取材します。隠すことが教義なら取材なんて受けれくれないのでは、と思いましたがちゃんといました。

日本には3つのかくれキリシタンのグループがあると言われています。
Aグループは公表しているグループで、B,Cグループは公表していないグループです。
隠す必要がなくなった現在もかくれキリシタンは存在しているんですね。

今回吉田さんが取材するのはAグループのリーダーの方です。Aグループの方が公表しなければ存在自体が明らかにはされなかったかもしれません。

40年前に教徒から公表してもいいのではないかと声があり公表したとのことです。
Aチームは23世帯、約50人のグループです。

かくれキリシタンは、仏教のやり方でキリスト教の祈りを行います。今は違いますが、声に出すとばれてしまうので声に出さずに祈っていました。
また、祈る時は指を交互に組んで親指を交差させて十字架に見立てていたようです。

例えばお坊さんが葬儀をする隣の家ではキリスト教の祈りで送るという方法などがあります。
お坊さんの葬儀はカモフラージュです。
お経消しといいます。

またリーダー村上さん宅で見せてくれた黒い箱には仏像が入っています。優しい顔立ちでマリア様に似ているからという理由で「マリア観音」というわけです。

このかくれキリシタンの教義としては、すべて口頭伝承なんです。文書にしたらばれてしまいますからね。

オラショというお祈りが記された文書を見せてくれますが、これも大正時代のものです。
カタカナのみで記載されたお祈りの言葉です。
全部暗記して必死で語り継がれてきたものです。

罰せられなくなったから「よかった」と言ってキリスト教に戻れなかった人たちの気持ちも分かる気がします。



鳥居のない神社

かくれキリシタンのゆかりの地、枯松神社へ向かいます。
そこは鳥居がなく、小さな古い建物がポツンとあります。特に変わっている様子はなさそうですが、この建物は神父のお墓に社を作って神社として守ったものだったんです。

神社にすれば没収されずにすみます。
このサン・ジワン神父の墓は明治時代になって社としたのです。この枯松神社はかくれキリシタンの聖地ともいえる場所なのです。

また祈りの岩という大きな岩へ案内してもらいます。神父の墓の前では祈れなかったのでこの岩の下で小さくなって祈りを捧げたといわれています。

本当に隠していないと一族郎党、村中の人が殺されてしまいます。

かくれキリシタンの数は減少していて、Bグループは存続の危機といわれています。

吉田さんは、弾圧されて島に逃げた人たちの末裔であるCグループへの取材に向かいます。

35世帯のかくれキリシタンが住んでいる島へむかい存続の危機についてインタビューします。

Cグループは公表していないグループになるのでテレビ取材はNGですが、なんと顔を映さない条件で質問を受けてくれます。

Cグループは世代交代がうまくいきそうで、今のところ存続の危機ではないようです。
普通の人は「もう隠さなくていいのではないか」というけれど、隠すことも含めて先祖から伝えてられてきた教えなのだといいます。

教義を変える気もないし、もちろん改宗する気もありません。伝えていくだけなんです。
普通のキリスト教ではない別の宗教なんですね。

Aグループリーダーの村上さんは、遠藤周作の「沈黙」を映画化したマーティン・スコセッシ監督とも会っていたりします。
映画も鑑賞して感じるところが多かったようです。

こうしてみるとやはり公表してよかったですね。
もちろん隠すことが教義なので、隠し通すグループが正しい気もしますが「公表する」ことでいまだ続いているかくれキリシタンの存在が明らかになりました。

そしてそれを世界遺産に、という声があがったわけです。

今回「枯松神社」が世界遺産の構成資産に含まれていないことが残念だと信者の方はいいます。
あの場所は潜伏キリシタンの聖地なんです、と。

宗教での殉教者

村上さんが見せてくれたオラショは場面によって異なります。
人が死んだ時、生まれた時、クリスマス、イースターによって唱えるお祈りが違います。

もちろんクリスマスも12月25日ではありません。
ばれてしまいますからね。
リーダーが毎年計算をしてクリスマスの日取りを決めるのです。計算方法はリーダーしか知りません。

また日常的に制約が細かくあるので、かくれキリシタンは廃れていっているといいます。

キリスト教は弾圧されてしましたが、やはり殉教者は崇められていたようです。
その為、殺さずに改宗させる方向に転換していきました。
宣教師も殉教者になるために日本を目指した人もいたといいます。

殉教者がヒーローになるのは、性質上仕方ないんでしょうか。

宗教を信じることで人の心が強くなること、同じ宗教を信仰することで仲間との信頼関係が強くなることは確かだと思います。

そして命を懸けて守り続けたご先祖様たちのかくれキリシタンの宗教を守っていきたいという気持ちも分かります。

宗教を持たない私には宗教の話は難しいです。
私が来世を信じていないことも関係しているのかな。



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フィリピンには「ブラックナザレ」という激しい祭りがあります。圧死したりけが人続出するような祭りです。黒いキリスト像を掲げて練り歩くのですが、願いを叶えるためみんなが殺到します。
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