縄張り意識の強い猿でもいいんじゃない

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ごきげんだったのに・・・

最近調子よかったんですよ。
自分のご機嫌は自分で取れてて
特別次の日に引きずる嫌なこともなかったのです。

そして久々に引きずる嫌なことありました。
なんでそんなに引きずるのかわかりません。

いや、嘘つきました。わかります。

私の常識を超えたことをする人に
「信じられない」という怒りなのです。
価値観は人それぞれとだいぶ身についてきたはずなのに
やっぱり完全に体得するのは難しいのですね。

ほんと人生修行です。
この怒りを誰かにぶつけたいという思いと
なんとかこの怒りを相手にうまく伝える方法について
頭を悩ませたりしていました。

でもほんとこの時間がムダです。
頭の中をぐるぐるしてしまって、なかなか解放されないんです。

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原因究明してみる

心地よく生きるのには
自分の特性を知っておいた方がよいと思っています。
だからなんとか診断とかもやくやってみるし
しっくり来たら参考にもしていました。

でもやっぱり一番は自分の掘り下げなんですよね。
特に自分が何してる時に幸せを感じるか
どういう時に喜びを感じるか
逆にどういう時に怒りを感じて爆発させるか
何してる時に不安に感じたり
悲しみを感じるのかを知ること
です。

これって意外に難しくて
特に私は過ぎ去ったことをすぐ忘れてしまいます。
出来事も感情も
1日たてばたいていのことは流れてしまっているのです。
まあ、だからこそ書いておく、記録しておくことが
私には大事です。

それもいろんなところに書き留めては
どこかに行ってしまい部屋をさまよいゴミとなるので
ノートを決めて書き綴るのがよいようです。
日記帳とか手帳とかね。

メモしておくことで、その時の喜びに浸ることもできますし
怒りが収まってきたら何がトリガーだったのか
嫌だけど恐る恐る掘り下げて考えることもできます。

例えば、仕事を放棄して先に帰る同僚がいます。
その分私の仕事は増えてイライラが増します。
そこでいろんなものに書きなぐったり
体を動かして発散させますが
その時だけすっきりしてなかなか頭から離れません。

でも次の日会うと悪い人ではないのです。
それどころか人当たりがよい人です。
こんな不機嫌顔の同僚にも図太く明るく話しかけてくれます。

私のトリガーはいつも
「ナメられるのが許せない」
「自分のテリトリーを荒らされるのが嫌だ」
だと思っていました。

でも突き詰めると
「自分だけ損するのが嫌だ」なんですよね。
岡田斗司夫さんが話しているのを見ましたが、
猿でもペアの猿が大好物のブドウをもらっていて
自分はいつもキュウリしかもらえないと受け取り拒否するんです。

うーん。猿の気持ちがわかる。
キュウリ嫌いじゃないけどブドウの方が好きなのに
いつも相方だけブドウもらって自分はキュウリ・・・。

猿も公平に扱われないことには不満が募るんですね。
私も結局「それ」なんだろうと思います。
「公平に扱われたい」って気持ちが強いんだろうな、と。
でも公平って難しいですよねえ。

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遺伝子コードを唱えてみよう

そしてサイトを漂っていると
以前読んだ本で知っている大嶋信頼さんのサイトに行きつきました。
「緊張しちゃう人たち」というブログなんですけどね。

大嶋さんによると
縄張り意識が強いと「損得勘定」が強くなるというのです。
前々から自分は縄張り意識は強いと感じてました。
縄張りというか所有欲も強いんです。

大嶋さんは遺伝子コードを唱えることで
いろんな症状を改善するという本をたくさん書いています。
そしてブログでは、
縄張り意識の遺伝子コードを唱えて対応しています。

遺伝子コードを唱えるだけで解決するなら・・・と
本を読みましたがなかなか自分にはしっくりこないのですよ。
この遺伝子コードは自分でぴったりくるものを
探さないといけないので厄介です。

ブログで紹介された縄張り意識の遺伝子コードは
「NOS1の還元」でした。
私はこのコードを唱えた時なんとなく落ち着きました。
だからこのコードは合っているのかもしれません。

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許すことはいいこと?

一般的には謝られれば許すのかもしれません。
大した事ではないことにいつまでも囚われてしては
時間のムダだし、労力のムダです。
許して流してしまうことも1つの策です。

でも許さなくてもいいと思うのです。
「人を許せない人は自分も許せない」といわれたりします。
人生では度々自分の欠点を合わせ鏡のように
持っている人に対することがあります。
また気づかされることを持ってくる人もいます。

人によっては小さなことでも
小さな不満がたまって許せなくなることもあります。

そういう人達に出会って許せない!となると
学びが足りてないのかなと思うこともあります。

以前の私なら「みっともない」とか「ほんと人間できてない奴」と
自分に向かって刃を突き付けてました

でも許せない自分もありだと思うのです。
今は猿みたいに「公平に扱え!」ってムカッとする自分を
私は少し人間くさくていいなと思います。
所詮人間なんて服を着た猿よ。
これはちょっとした進歩だと思っています。

目指すのは器の大きなおおらかな人間だけど。

心の中で大声で叫びます。
ただ謝れば許すと思うなよ。
 そんな決まりはない!

まだまだ器が小さいじゅぴたでした。




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