忠臣蔵の舞台裏|天気痛の殿様と病弱な家来たち

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年末ですね。そろそろ時代劇は忠臣蔵でしょうか。
あの有名な47士の物語です。

松の廊下

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有名な忠臣蔵

偉人たちの健康診断で今回取り上げられたのは、
忠臣蔵でした。

忠臣蔵は実際にあった赤穂事件のフィクションです。
吉良が浅野をいじめたとかいじめてないとか
浅野が殿中なんてことをしたのは、
きっと相当なことがあったに違いない、という想像からできています。

殿中とは、江戸城で刀を抜いちゃいけなかったんですね。
もう太平の世ですからねえ。

そのせいで、浅野内匠頭は切腹、赤穂藩はとり潰しとなったのです。
赤穂藩に仕えていた家来たちは路頭に迷うことになります。

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つらい天気痛

刀を抜いた浅野内匠頭は「つかえ」という持病があったといいます。
「つかえ」の症状である、腹にものがあるかのような違和感から
慢性的な神経性胃炎ではないかと判断します。

この神経性というのが問題なんです。
事件当時の天気は曇りでした。
その前からぐずついた天気は持病を悪化させていました。

天気痛ってありますよね。雨が降る前に古傷が痛んだりもします。
気圧ってやはり人体に影響するんです。
耳の中の内耳が、気圧によって過敏に反応してしまいます。

気圧の変化で自分の体の弱い部分を刺激してしまいます。
頭痛や関節痛も気圧の変化で悪化します。

本当に体調が最悪な時はちょっとしたことでも
マイナスに考えてしまうし
心が狭くなってしまいますよね。

吉良上野介から仕事(接待)について厳しく指導され、
キレてしまったんですね。

ここで刀抜かずに、物なげつけたり
殴ったりすれば、まだ良かったんですけど。
綱吉の生母へ官位を授かった祝いの際の出来事なので
時期も悪かったですね。

もちろん天気や体調だけで、切りつけたわけではないでしょうが
最後の一押しをしてしまったのかもしれません。

天気痛に弱い人は、耳を温めるとよいようです。
また耳をつまんで上下に5秒、横に5秒ひっぱり、
上と下から5秒親指と人差し指ではさみます。

これは意外といいと思います。
私も頭痛になりそうだったり、耳が冷たい・固い時は
耳をひっぱったりマッサージします。

そうすると、ひどくなることがありません。
一歩手前で食い止めた感があります。



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吉良を助けた医者

さて額を切りつけられた吉良上野介ですが、
3時間たっても出血が止まらず危ない状態でした。
全体の血液の20%を出血すると、出血性ショックを起こします。

そこで駆け付けたのが、金瘡医・栗崎道有です。
戦場での刀傷などを専門とする医者です。
吉良が生あくびを始め、危険を察知した栗崎は
源氏の薄色という薬を取り出します。

源氏の薄色は、戦のあった室町時代から伝えられる貴重な軟膏です。
カルシウムと油分を合わせたものですが、
これを塗って血を止めたのでした。

現在でもボクシングのカットマンは
氷とワセリンで傷口を対処します。
栗崎の処置方法も効き目があり、吉良の出血はようやく止まります。

その後、6針縫って処置を終えます。
処置は本当にすばらしかったようで、
傷もシワとわからないほどだったといいます。

ちなみに栗崎がこの日城にいなかったのは、
非番で町民を診ていたからです。
医者の鑑ですねえ。

額の傷は14日ほどで全快しましたが、
栗崎は40日ほど毎日、吉良のもとに通い続けます。
これは心的外傷のためだったといいます。

まあ、吉良といえども戦に出たことはないでしょうし
顔を切りつけられればトラウマにもなるでしょう。

更に事件の責任を取って、仕事はクビになり
家まで江戸のはずれに引っ越しさせられます。
周りは吉良を悪者とし、吉良は家に引きこもってしまいます。
かわいそうですね。

いくらクビになって、家を移されても
浅野側は切腹と藩の取り潰しなので
やはり世論としては納得いかなかったのでしょうか。

そして栗崎の往診もあり、ようやく吉良は元気を取り戻して、
茶会を開くことになります。
この茶会の日が狙われてしまうんですね。

そして命を落とします。
吉良の墓は、「悪人」として、何度も倒されたようです。

その同じ境内に栗崎の墓があります。
栗崎は、切られた吉良の首と胴体を繋ぎ合わせた人です。
そしてわざわざ先祖代々の栗崎の墓を
ここに移したといいます。

なんか悲しいですね。
吉良さん、そんな悪人ではなかったのでは?

切り傷の正しい処置方法

もちろん、吉良のようにざっくり切られれば
お医者さんが必要です。

でも日頃の切り傷程度であれば、以下のように対処できます。

まず、傷口を水道水で洗って清潔にします。
その後、傷口に白色ワセリンを塗ります。
それからラップで覆います

傷口を乾燥させると治りが遅くなるので
湿った状態を保つことが大事なんです。

治る時にジュクジュクした浸出液が出ますが
拭かないようにします。
最近は、ジュクジュクを保つカットバンも出てますよね。

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赤穂浪士を助けた医者

さて取り潰された赤穂藩もドラマでは
耐えて忍んで、大石に諫められながらも、時を待つ状態でした。

でも実際の赤穂浪士は、随分病弱だったようです。
これは意外ですね。

事件前のカルテが出てきますが、大石内蔵助は胃腸が悪く、
半年で18回も胃腸を悪くしています。

また毎週胃腸薬をもらっている人や、
マラリアにかかっている人など
結構お年な方もいて、
このままではとても仇討なんてできそうにありません。

そんな病弱な赤穂浪士を支えたのが、
赤穂藩の筆頭医・寺井玄渓です。
各地に散った浪士の往診をかねて、連絡係となったのです。

まあ、大石内蔵助が直接各地の浪士を回ったら
噂になりますからね。
医者であれば、病弱な人を往診しても目立ちません。

そして、吉良の茶会の日に討ち入りします。
(せっかく立ち直ってきた吉良さん残念!)

赤穂浪士は決して楽々討ちとったわけではなく
ケガをした浪士もいました。

討ち入りから2か月後に、赤穂浪士は全員切腹となります。

ケガをした浪士は、「昨日やっとケガが治り、
今日は結構な体で死ぬことができます」と言い残しています。

こちらもせつないですね。
寺井は、もちろん討ち入りには参加してませんが、
47士の切腹を聞いて
どういう心境だったんでしょうか。



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