スーパー台風から考える「備え」と「判断力」

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スーパー台風の被害

「英雄たちの選択」という番組で
日本を襲ったスーパー台風の特集をやっていました。

「シーボルト台風」「室戸台風」「伊勢湾台風」です。
最近映像をよく見るようになったからか
台風の被害も多い印象を受けます。

映像の力ってすごいですよね。インパクトが。
スコールのような雨が多くなったせいかもしれません。

シーボルト台風

シーボルト台風は幕末の佐賀を襲ったスーパー台風です。
1828年8月9日のことです。
過去300年で最大級の台風がやってきました。
シーボルト台風です。
子の年の大風とも呼ばれています。

長崎から佐賀、山口へと移動していったようです。
シーボルトが長崎に勤務していて
気象観測の記録が残っています。

過去300年で最大級って想像つかないですね。
生きている人で経験した人はいません。
今よりもずっと治水整備されていない状態の土地を
襲われたらひとたまりもないでしょう。

さて台風で恐ろしいのは、水害(高潮)です。
高潮は地震で起こる津波とは違って
発達した低気圧によって海水が吸い上げられ
海面が上昇する「吸い上げ効果」と
沖からの強風で沿岸に吹き寄せられる「吹き寄せ効果」によって起こります。

台風は時計回りに渦巻くので、進行方向右側が
風が強く
なります。
有明海は南側に開いて浅瀬のある細長い形の湾だったので
高潮も発生しやすい地形でした。
さらに時刻も満潮に近い時間帯だったのです。

風も強く、記録では161基の鳥居は吹き飛ばされています。
そんなひどい風なのでもちろん木造家屋も倒れ
人々は下敷きになっています。

その被害を佐賀藩はまとめていました。
すごいですね。
けが人が8853人、死人は8225人(溺死266人)となっていて
佐賀藩の人口の2%以上が亡くなっています。

そして堤防の決壊が15393間。
よくぞそんな大変な時にこんな調査が進められました。
記録って後には大事になりますけど
混乱のさなかに調査計測するって大変ですよね。

室戸台風

1934年(昭和9年)9月2日にきたのが室戸台風です。
死者・行方不明者合わせて3060人、負傷者14994人もいます。

近畿地方で目立った被害は小中学校が風で倒壊し
生徒や教師が亡くなっています。
当時はまだ木造校舎でしたから、想定外の暴風によって
無残な姿になっています。

元々四国から近畿地方へ上陸する台風は、
大阪平野からすると風が強く吹かないのです。
淡路島に近づいてきてやっと強い風が吹き出します

上陸時間も8時から9時ということで
登校中だったり、登校してすぐの時間帯だったりしたのです。
例えば幼稚園は登園時間が遅かったので被害も少なめです。
やはり時間も関係あるんですよね。

京都でいうと8時15分までに避難の伝達があった場合には
校舎倒壊による死者は出ていません。
8時20分以降に伝達があった場合に死者が出ています。
校舎は8時30分頃倒壊しています。

一斉放送などもなく、教員や用務員さんが1教室ずつ
口頭で避難を伝達するしかありません。
この5分~10分が生死の分かれ目ということです。

ある小学校では、全員が校舎から畑へ避難したすぐ後に
校舎は倒壊しています。
校舎が倒壊しそうな雨風の中、
外への避難指示できる人はすごいですね。

伊勢湾台風

1959年(昭和34年)9月26日にきたのが伊勢湾台風です。
死者・行方不明者合わせて5098人、負傷者38921人もいます。

犠牲者の8割は愛知や三重の沿岸に集中していました。
高潮の被害者です。

情報源であるラジオは、台風により停電となって
肝心な時に使えなくなっていました。
名古屋市南区の被害が甚大で、貯木場から流れ出た木材が
住宅を押し流し、人もろとも流されました。

名古屋は海抜ゼロメートル地帯で、工業用水の汲み取りにより
地盤沈下も起こしています。
その上に新興住宅地ができてしまったのです。

新しく住んだ人達は高潮を知りません。
高潮の被害はひどく、小学校の浸水が引けるまでに
長いところだと54日もかかっていました。

しかし、総理府は3年前に水害地形分類図を作っていました。
今でいうハザードマップです。
ただこれは全く活用されなかったのです。

伊勢湾台風前にも台風はいくつも日本に上陸しています。
そこで対策に役立てようと調査し地図は作られていたのです。

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台風で得たものと備え

シーボルト台風からの復興をがんばったのは
佐賀藩主17歳の鍋島斉正です。

当時は米が必須ですから田んぼがやられたら大きな痛手です。
台風の前から借金がかさんでいましたが
米がとれないのだから年貢も納めてくれません。

質素倹約にも励み、役人の1/3を整理し
新たに産業の育成を図ります。
そして西洋の技術にも目をつけるのです。
鉄製の大砲や蒸気船の製造にも成功しています。

こういった時だからこそ思い切った手も打てるのです。

こうして佐賀藩は、立ち直っただけでなく
幕末に力のある藩へと進化したのです。


そして室戸台風です。
室戸台風の後、建築基準が改められ
校舎は木造からコンクリートになりました。
おかげで今では災害時の避難場所となっています。

ただ室戸台風でも南に浅瀬がある大阪湾では
高潮が起こっているんです。
そういえば2018年にも関西国際空港が台風で浸水していましたね。



伊勢湾台風は明治以降最悪の被害を出した台風でした。
伊勢湾台風後、国土地理院が土地条件図を作成し
発展したものがハザードマップです。

存在も知らなかった地図は今やネットを通じて
すぐに見ることができます。
緊急レベルが通達されればスマホに通知がきます。

調べようと思えば自分が住んでいる場所の
過去の災害被害を知ることもできます。
知恵の備蓄も大事だといいます。


最後は自分で自分を守るしかないですね。

今はやはり地下街や高層ビルが増えています。
電気が使えなくなった時、水が使えなくなった時を想像して
備えることも大事ですね。

想像したくないことは想像しない、のではなく
想像したくないことでも1回は想像して
その1回ですべて書き出しておき
災害に際した場合はそのリストに沿って動きましょう。

特に台風などは地震とは違って
予想がつく災害です。

そして避難は早く判断して行動しないといけないんですよ。
今年から警戒レベル3になったら高齢者は避難する、
警戒レベル4になったら全員避難するとなりました。

判断鈍ってしまう私のような人は
こういう基準や指示って助かります。

「笑われてもいいから早く逃げる」
これ大事です。




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